青鷺の羽根の干し方・・・笑っちゃいます
やっと「台風一過」と呼ぶに相応しい青空となりました。
でも、秋らしいのは空だけでしたね。朝から、真夏のような蒸し暑さ。
青空に誘われて朝散歩に出かけてきた人も、吹き出す汗を拭いつつ、交わす言葉は、
「あっついですねぇ。」
おや、ボート乗り場に変わった格好をした鳥がいますよ。
アオサギです。
ちょっと古いですが、その格好、ビートたけしの「コマネチ!」?
羽根を怪我しているのかと心配しましたが、どうやら、太陽の方を向いて羽根を乾かしているようです。
羽根を乾かすといえば、ダイナミックに羽根を広げるウが有名。さすが、明治時代の切手の図案になっただけのことはあって、ウの羽根の干しかたは堂に入っています。
それに比べると、アオサギの羽根の干し方は、どこかスマートさに欠けていると思いませんか? ドジョウすくいの練習をしているようにも見えてしまうし、「オー、ノー」のジェスチャーのようでもあって・・・。「欧米か?!」(これまた古くさかったですね。)
私が、少しずつ方角を変えて写し続けても、じっと動かず。
おっ、羽根干しが終わったようです。
羽根を畳むと、アオサギは、やはり凛々しいですね。
向きを変えて、水中の魚に狙いを定めているようです。
ジャンプ一番、水中へ。
見事に捕まえたかな?
残念! 空振りでした。
また、羽根を干すのでしょうか?
江戸川区瑞江の義理の叔母のもとへ
妻は、江東区で育ちました。
家は、鉄工所を経営しており、義父母ともに忙しく働いていたため、妻や義弟は、同じ敷地内にあった義母の弟夫婦(つまり、妻の叔父さん夫婦)の家に入り浸りと言ってよいほどお世話になっていたとか。
今は、叔母さんが江戸川区瑞江で独り暮らし。元気ではあるものの、もう89歳、物忘れも気になりだしています。
妻が、義兄と義弟に声をかけ、久しぶりに叔母さんの家を訪問するとともに、伯父さんのお墓参りをすることに。こういったことに対する妻の企画力、行動力は、実にたいしたものだといつも思います。
今日、真夏のような天気の中、3兄弟姉妹の夫婦、計6人で、叔母さんの家を訪問しました。叔母さんの娘、つまり、妻の従妹も応接のために来てくれたので、昔話に花が咲きました。
叔父さんが眠るお寺は、歩いて15分ほど。叔母さんの家から近い裏門から入り、墓前で手を合わせました。
それにしても、墓地から見える本堂がとても大きいく立派そうなので、由緒などを確認してみたくなり、表門の方に回ってみることにしました。
本堂は、比較的新しいようですが、伝統的な寺院建築。スイフヨウの花がまだ元気に咲いていました。
(指が写り込んでしまいました。)
山門は修復中のようです。土台がジャッキアップされています。
都内で、これだけの敷地面積を誇るお寺は、有名なお寺はともかく、そうはないでしょうね。
見にくいですが、このお寺、大雲寺の案内看板です。
お寺そのものは、徳川二代将軍との関係が深いとのことですが、この地に移ってきたのは、昭和になってからとのこと。
歌舞伎役者のお墓が多く、役者寺と呼ばれている、との記述があります。
そこで、墓地に逆戻りして、江戸時代の名歌舞伎役者たちのお墓をぐるっと回ってきました。昭和になって移転してきたこともあるのでしょうか、墓石にそれほど古いものは見当たりませんでした。
スイフヨウに入り込んだハチさん、花の蜜に酔っているのでしょうか?
叔母さんの家で、妻の従妹が準備してくれたお弁当をいただきながら、再び楽しい会話を楽しみました。お新香は、叔母さんの手づくり。
叔母さんは、虫歯が一本もないそうで、これには一同、びっくり。
名残りは尽きませんが、あまり長居をすると叔母さんも疲れてしまいます。
手を振り振り別れてきました。道の曲がり角でお互いの姿が見えなくなるまで。
実に久しぶりに「新書」を読む
学生時代、のほほんと生きていた私にショックを与えたのは、独書講読の先生の一言。
「僕は、毎月出る岩波新書は全部買って、一月内に読了している。」
(当時は、毎月3冊ずつ発行されていました。今より少ないですね。)
当時の岩波新書は、現在の少し柔らかめの編集方針とは異なり、固めで手強い内容のものが多かったので、すらすら読めるとは言い難いものでした。しかも、自然科学系、人文科学系、社会科学系などジャンルは様々。
私は、文学、歴史が好きだったので、それまでは、その分野の新書が出たときだけ購入し読んでいる程度でしたから、先生が、ジャンルなど気にせずに、毎月3冊を必ず読むというのに驚いてしまった訳です。
おっちょこちょいの私は、その月から、先生と同じように、毎月発行される岩波新書を3冊とも購入し読むようになりました・・・というと、フィクションになってしまいます。読むべく努力しました、というのが正確なところかもしれません。
じっくり読んでも歯が立たなかった本、まったく興味がわかなかった本などは、途中で放り出していたからです。
30歳を過ぎて、仕事が忙しくなり余裕がなくなってしまったので、新刊を毎月3冊とも購入することは断念しました。その後は、岩波新書に限らず、様々な新書の中から「おや、これは」と興味を引かれる本を、ジャンルに限らす、少しずつ購入するようになりました。
それでも、乱読ともいえるこの読書スタイルは、思いがけない場面で、例えば、読んで覚えていた箇所が、行き詰った仕事をブレークスルーするヒントになったり、作成する資料の味付けに役立ったりしたものです。
先生には今でも感謝しています。
最近は、あまり読まなくなってしまいました。このため、テレビのクイズ番組を見ていても、正答率が急降下しています。
今週の水曜日、軽い文庫本でも購入して読んでみようかと、駅中の本屋さんを覗いてみたのですが、文庫本にこれはというものが見当たらず、別の棚の方に足を向けると、中公新書が何種類も平積みされているのが目に入りました。
その中に、『植物はすごい』で有名な田中修さんの『植物のひみつ』という本があったので、自然と手が伸びました。会津藩の武士やその家族が、戊辰戦争の後、下北半島やその周辺に移され、塗炭の苦しみを味わったことは、ドラマなどを通じ知ってはいましたが、詳しいことまでは・・・。このため、その間のことがが記されているらしい『斗南藩』も気になり、ピックアップ。
結局、この2冊を購入し、その日のうちに、両書とも、読み始めました。
新書とのお付き合いは、実に久しぶりです。
興味引かれる内容だったこともあり、『植物のひみつ』は、すでに読み終え、『斗南藩』も、もう少しで読み終えます。
『植物のひみつ』の記述スタイルは、
1 これこれの不思議があります。
2 その不思議には、こういった秘密があります。
3 その秘密とは、こういうことだったのです。
というもの。
興味深い話が多かったのですが、秘密の掘り下げが少々浅いような気がします。
「詳しくは、自分で調べなさい」ということでしょうか。
『斗南藩』で描かれる元会津藩士やその家族の苦労は、並大抵のことではなく、戊辰戦争の敗者に対する明治藩閥政府の過酷さを再認識させられました。「怨の連鎖」のなんという非情さ。
筆者の「明治の三傑」に対する評価、特に、木戸孝允に対するそれがとても低いんですよ。木戸が旧会津藩に冷たかったからかもしれません。
『植物のひみつ』で新たに知ったこと、私の観察とのかかわり合いなどについては、おいおい、ブログに書いていこうと思っています。
歯科診療を終えて新宿御苑へ(続き)
【昨日のブログの振り返り】
1 昨日は、歯科診療の後、行き先をさんざん迷った。
2 結局は、新宿御苑に行った。
3 選定理由は、温室が建て直されてから一度も行っていなかったから。
4 御苑内は、台風24号の被害の後片付けがかなり進んでいた。
5 芝地には、家族連れなどがお弁当を広げ、談笑していた。
6 温室内は洋蘭が少しは咲いているかと思ったが、あまりなかった。
7 キツネノマゴ科とガガイモ科の熱帯植物に興味を引かれた。
後から思い返すと、マダガスカルジャスミンは、園芸店で見かけたことがあります。「ジャスミン」という表示で売られていたような気がします。ですから、一昨日までの私だったら、
「ええ、これ、ジャスミンですよ。他のジャスミンとは見かけがだいぶ違うけれど、ジャスミンの仲間なんです。知りませんでしたか? へぇ、そうですか。」
と言いかねませんでした。実際にはそのように申し上げたことは一度もありませんが、それは、そういう機会がなかっただけのこと。
マダガスカルジャスミンは、ジャスミンと名乗っているけれど、ジャスミンの仲間ではなかったんですね。紛らわしい!
オリヅルランやヤブラン、マツバランなどがランでもないのに「蘭」と称してそっくり返っている(?)のと同じだったんだぁ。
《 ちょとっ違うような、合っているような。 》
ジャスミンの葉がしなやかで、まるでプリマドンナのようであるのに対し、マダガスカルちゃんのそれは力士のよう・・・それもアンコ型の力士。花も、ジャスミンはどことなく華奢で可憐、マダガスカルちゃんは押し出しが強くて、ともかく丈夫そう。
ぜんぜん違うではないですか。
花の形と色がちょっと似ていて、香りも優れているので、「ジャスミン」という名で売り出した方が売れるから、という戦略かな?
それにしても、私の大好きな野草、ガガイモの仲間とは驚きです。
下に、ガガイモとマダガスカルガガイモとの比較写真を載せておきますが、一見するところでは、似ていませんね。実際には、様々、形態的特徴が似ているのでしょうが。
正直で融通の利かない園芸屋さんがいて、「マダガスカルガガイモ」として売り出したとしたらどうでしょうか?
やっぱり売れないだろうなぁ。
《 上の写真は、ガガイモの花。この花も、かなり薫ります。 》
《 こちらは、昨日もご紹介したマダガスカルジャスミンの花と実 》
《 そして、こちらがガガイモの実。 》
マダガスカルジャスミンの所で時間を使ってしまったので、さあ、洋蘭がいっぱいあるところに行こうと思って前に進んだところ、そこは、何と、もう出口。
「他の館への連絡通路があるのでは?」
出口近くに設置されているトイレの後ろ側まで探索するも、秘密の通路は見つからず。
新宿御苑の温室は、図体が大きいように見えて、あまり展示が多くないですね。
トイレの前には、食虫植物が展示されていました。
場所がちょっと可愛そう。
歯科診療を終えて新宿御苑へ
午前中、秋葉原駅近くの歯医者さんへ。
診察終了後、どこかに行ってみたくなりました。
新婚当時に住んでいた本八幡に行き、街の変貌状況を確認してみようか、それとも、新宿方面の列車に乗って新宿御苑に向かおうか、いやいや、小川町で丸ノ内線に乗り換え小石川後楽園を散策しようか・・・
いっそのこと、高尾山まで足を延ばすことまで考えましたが・・・
結局、新宿御苑の温室がかなり前に建て替わっていたのに、私は一度も行っていないことを思い出し、新宿御苑行きに決しました。
新宿御苑も、台風24号の爪痕がそこかしこに残っていましたが、倒木などの大物の片づけはかなり進んでいました。
曇り空が残念なところですが、家族連れらしき小グループ、同僚らしき小グループがお弁当を広げ、実に楽しそう。
(スマホ写真を撮ったのですが、ブレブレのため、ボツ。)
温室に到着。以前のオールドファッションの温室に比べると、いかにも現代建築といった感じで、背も高くなっていましたが、意外に小さいんですね。ですから、私は、最初、奥の方に見える古い温室風の建物にも、ぐるっと回遊させるシステムなのかと思いました。
洋蘭が花盛りの季節ではありませんので、それほど期待をしていませんでしたが、「それほどでもない期待」すら裏切られる洋蘭の少なさ。がっくり。
《 私は、上のような原種っぽいランが好き。 》
《 キツネノマゴ科と名札にあったので、目に留まりました。ジョウゴバナというそうです。漏斗に似ている、ということでしょうか? まさか、「酒飲み」という意味ではありますまい。キツネノマゴよりはずっと大きな花でした。 》
《 モクセイ科のジャスミンに似ていますね。でも、この実は??? マンゴーのよう。 》
《 マダガスカルジャスミン。名札にガガイモ科とあったので、興味津々。でも、ネットでは、キョウチクトウ科とするHPも。どっちなんでしょうか? 実は美味しそうですが、猛毒とか。 》
明日に続きます。
ピンクに染まる最明寺(川越市小ヶ谷)
当家が檀徒の末席に連なる最明寺が、今、ピンク色に染まっています。
春には、発達障害啓発週間に合わせ、そのシンボルカラーであるブルーに染まったのですが、今回はピンク。
「お寺の本来の役割は『地域コミュニティ』の中心として人々の生活のために尽くすこと」という信念を持っている若き副住職が、様々な社会貢献活動に積極的に参加しているのです。
今回の催しも、その一環。
10月は、乳がん啓発月間です。
最明寺は、ピンクリボン運動の趣旨に賛同し、そのオフィシャルパートナーとなって、積極的に早期検査など乳がんに関する啓発運動に参加することになったのです。
10月27日に関連イベントを行うほか、昨日(10月1日)からイベントの翌日である28日までの間、午後6時から10時まで、本堂がピンク色のライトで浮かび上がっています。
庫裏のヤモリたち(写真を撮るのを忘れた!)は、灯りに寄ってくる虫を食べに出てきただけなのかもしれませんが、もしかしたら、本堂のライトアップの美しさにも気がついているのではないでしょうか。
朝日新聞の地域版でも紹介されました。
ちなみに、春のブルーのライトアップは、こちら(↓)
すごい風でした 台風24号
台風2号が川越に一番接近したのは、昨晩の11時頃から、今日の午前1時頃までだったでしょうか。
川越で大風が吹くのは、秋に台風が通過するときと、春の大嵐(春一番など)。
そうそう、私の父は大風が大嫌いでしたっけ。ちょっとした風でもびくびくしていたので、母から、
「飛行機乗りだったくせに、強い風がちょっと吹くだけでも怖がるのは何でなのかしらね。」
と不思議がられていました。
びびりで有名な私も、そんな父と同様かというと、意外や意外、少しぐらい風が吹いても、
「それがどうしたの?」
と、どこ吹く風。
ところが、今回の風には恐怖を感じました。雨傘を玄関外に出しっぱなしにしていたのに気がつき、玄関ドアを開けようとしたら、風圧でなかなか開かない。
表では、いろいろなものが、
「ガランゴロン」
と音を鳴らしながら転げまわっているます。
危険で、とても外には出られない。 ドアの内側から手を伸ばし、傘を玄関内に引き入れるだけでも大変な作業でした。
今朝になって妻が、
「昨晩は、風が強くて、全然眠れなかった。」
と言っていましたが、私が寝室に行ったときには、妻は、ぐっすりと眠っていました。妻の特技は、布団に入れば1分以内に深い眠りに入ることができること。「全然眠れなかった」というのは眉唾ものです。
それにしても、妻の言うとおり、今回の大風はすごかった。寝室は2階なので余計そうなのかもしれませんが、雨戸ががたがたするばかりではなく、家全体がびりびりびりびりと振動し続けていたのですから・・・。
こんな強風は、これまで一度も経験したことがありません。父の恐怖がどういうものであるかを、この歳になって初めて知りました。
とかなんとか言いながら、私も、あっという間に熟睡してしまいましたけれどね。
熟睡界の大御所である妻も、さすがに昨晩は、時々、目が覚めていたようです。
台風一過の青空となった今朝、跳び起きると早速、我が家周辺の被害状況を確認したのですが、幸い、これといった問題はありませんでした。
唯一、気の毒だったのが、昨日咲き始めたばかりのキンモクセイ。
強風のために、多くの花を散らしてしまったのです、たった一日で。何とも咲き出したタイミングの悪いことで・・・。
午前中、いつものように突然、「思い立ったら」派の友人がやってきました。
この男、見かけによらず繊細だったようで、
「昨晩は、ほとんど寝られなかった。」
と呟き、今にも我が家で眠ってしまいそう。
私にも予定があるので、それは困ります。
濃いコーヒーを淹れて出し、眠らせない体制を構築したのですが、それでも不安。そこで、彼を外食に連れ出すこととしました。
向かったのは、狭山の秀庵というお蕎麦屋さん。
天ぷらそばを食べた後、腹ごなしに、同市内の智光山公園内を歩いてきました。
公園内は、大変なことになっていました。
遊歩道は、落ちてきた木の枝が散乱し、歩きにくいことこの上なし。
それどころか、大木があちこちで根元から倒れていました。
軽トラックで、遊歩道の清掃をしている公園管理のおじさんたちに、友人が、
「作業が大変ですねぇ。」
と声をかけたところ、
「今日は、道の端に枝葉を寄せるだけ。」
と言っていました。
確かに、本格的に片づけるためには、もっと人手も、さらには重機も要りそうです。