実に久しぶりに「新書」を読む
学生時代、のほほんと生きていた私にショックを与えたのは、独書講読の先生の一言。
「僕は、毎月出る岩波新書は全部買って、一月内に読了している。」
(当時は、毎月3冊ずつ発行されていました。今より少ないですね。)
当時の岩波新書は、現在の少し柔らかめの編集方針とは異なり、固めで手強い内容のものが多かったので、すらすら読めるとは言い難いものでした。しかも、自然科学系、人文科学系、社会科学系などジャンルは様々。
私は、文学、歴史が好きだったので、それまでは、その分野の新書が出たときだけ購入し読んでいる程度でしたから、先生が、ジャンルなど気にせずに、毎月3冊を必ず読むというのに驚いてしまった訳です。
おっちょこちょいの私は、その月から、先生と同じように、毎月発行される岩波新書を3冊とも購入し読むようになりました・・・というと、フィクションになってしまいます。読むべく努力しました、というのが正確なところかもしれません。
じっくり読んでも歯が立たなかった本、まったく興味がわかなかった本などは、途中で放り出していたからです。
30歳を過ぎて、仕事が忙しくなり余裕がなくなってしまったので、新刊を毎月3冊とも購入することは断念しました。その後は、岩波新書に限らず、様々な新書の中から「おや、これは」と興味を引かれる本を、ジャンルに限らす、少しずつ購入するようになりました。
それでも、乱読ともいえるこの読書スタイルは、思いがけない場面で、例えば、読んで覚えていた箇所が、行き詰った仕事をブレークスルーするヒントになったり、作成する資料の味付けに役立ったりしたものです。
先生には今でも感謝しています。
最近は、あまり読まなくなってしまいました。このため、テレビのクイズ番組を見ていても、正答率が急降下しています。
今週の水曜日、軽い文庫本でも購入して読んでみようかと、駅中の本屋さんを覗いてみたのですが、文庫本にこれはというものが見当たらず、別の棚の方に足を向けると、中公新書が何種類も平積みされているのが目に入りました。
その中に、『植物はすごい』で有名な田中修さんの『植物のひみつ』という本があったので、自然と手が伸びました。会津藩の武士やその家族が、戊辰戦争の後、下北半島やその周辺に移され、塗炭の苦しみを味わったことは、ドラマなどを通じ知ってはいましたが、詳しいことまでは・・・。このため、その間のことがが記されているらしい『斗南藩』も気になり、ピックアップ。
結局、この2冊を購入し、その日のうちに、両書とも、読み始めました。
新書とのお付き合いは、実に久しぶりです。
興味引かれる内容だったこともあり、『植物のひみつ』は、すでに読み終え、『斗南藩』も、もう少しで読み終えます。
『植物のひみつ』の記述スタイルは、
1 これこれの不思議があります。
2 その不思議には、こういった秘密があります。
3 その秘密とは、こういうことだったのです。
というもの。
興味深い話が多かったのですが、秘密の掘り下げが少々浅いような気がします。
「詳しくは、自分で調べなさい」ということでしょうか。
『斗南藩』で描かれる元会津藩士やその家族の苦労は、並大抵のことではなく、戊辰戦争の敗者に対する明治藩閥政府の過酷さを再認識させられました。「怨の連鎖」のなんという非情さ。
筆者の「明治の三傑」に対する評価、特に、木戸孝允に対するそれがとても低いんですよ。木戸が旧会津藩に冷たかったからかもしれません。
『植物のひみつ』で新たに知ったこと、私の観察とのかかわり合いなどについては、おいおい、ブログに書いていこうと思っています。