南砺市(旧福光町)法林寺の光徳寺
8月7日、今回の富山行きの2日目は、実に久しぶりに、光徳寺を訪れました。
新婚旅行で初めてお邪魔して以来、何回か訪問しています。先々代のご住職が柳宗悦、濱田庄司たち民芸運動の大家たちと親交があったことから、彼ら大作家の作品が多数展示されています。
さらに、彼らからの紹介で、棟方志功との交遊が深まりました。棟方志功は、福光に疎開し、戦後までの数年をこの地で過ごしています。
太平洋戦争中に描かれた撮影不可の襖絵は、志功作品数々あれど、とっておきの大傑作。けれど、当時の彼は未だ有名ではなかったので、檀家の方たちは、
「光徳寺の襖が台無しだっちゃ。だちかん(だめだ)!」
と嘆いたとか。
他にも、志功作品が多数所蔵されており、山門の山号も志功の書です。
その他、先代住職の収集された世界各地の民芸品が多数。
見所満載のお寺です。
なんとも複雑な雲の群れ
川越、午後6時。
西の空は、様々な雲の見本市。
画面を斜めに横切る線状の雲は、恐らく飛行機雲。空間を二等分するような勢いがあります。
中央部、飛行機雲の上に展開する異形の雲。
クラゲのようにも見えるけれど、角を二つ生やした鬼が地上を睨み降ろし、その周囲に妖気が満ち満ちているようにも感じられます。
上空の風が、その高度ごとに、気まぐれに吹きわたり、雲を翻弄しているのでしょうか?
チョウトンボ、追加。
今朝、霧雨が降る中、チョウトンボの撮影を試みました。
六日町、お松の池で
今日も短めで失礼いたします。
富山の叔母が元気だったので、ほっとしました。
「今日、帰る。」
と言ったら、
「あんたたちは、退職していて仕事がないのだから、まだ帰ることはない。」
と引き留めの決まり文句。
まあ、そうなんですが、それなりに用事がありますし、置いてきた植物たちも心配。
「また来るから。」
そう言って富山を後にしました。
最後の叔母の一言。
「いつになるのやら。」
胸に応えます。次回は、あまり間を置かないようにしなければ。
六日町まで帰ってきて定宿へ。
お松の池を散策中に・・・
飛び回っていたチョウトンボが、やっととまってくれました。
脱皮からあまり時間が経っていない雄でしょうか?
翅の虹色が、息をのむほど美しい。
キイトトンボも私をお出迎え。
「あんた、何してるの?」
そう言いたいのでしょう。警戒しつつ、じいっとこちらを見つめていました。
明日以降、詳細にリポートします。
久しぶりの白川郷
通信環境、改善しました。ドコモのアンテナが「向きはどこも同じでしょ?」と言って、そっぽを向いていたらしい。
やはり向きはあるのであって、どこも同じではありませんよ、アンテナさん!
というわけで、「タカラコウとは何だ」問題も、画像がすいすいと入って瞬く間にアップ完了。
今日は、南砺市の旧上平村2日目です。五箇山と申し上げた方が分かり易いかもしれません。五箇山は白川郷とともに世界遺産となっていますが、昨日、一般道で五箇山入りをしたところ、何となく閑散とした雰囲気。下梨も、上梨も、西赤尾も。
世界遺産登録後のブームが早くも去ってしまったのか、そう心配になりました。
お隣の白川郷は如何に、そう考え、実に久しぶりに一般道で岐阜県側へ。高速道路ができたこともあるのでしょうか、がらがら。
昔の国道は、山ひだに張り付く杣道のよう。対向車が来ると、すれ違えるところまでバックしなければならないことも。崖から転落するかもしれないスリルをたっぷりと味わうことのできる?「酷道」でした。
それがたくさんの最新式のトンネルと橋梁により大改良され、飛越合掌ラインとして華々しく登場し、多くの観光客を集めたのも今は昔。素晴らしい景色の連続なのにもったいないことです。
特に、岐阜県と富山県の入り込んだ県境を縦断しているので、富山から岐阜い入ったかと思ったら、次の橋を越えた途端、富山に逆戻り、その次は岐阜で、またまた富山。これを何回も繰り返すのは楽しい限りです。皆様も、飛越国境を通過の際は一般道をご利用ください。
さて、白川郷の鳩谷を過ぎ、荻町の合掌集落に着いてみると、な、なんと人、人、人。大いに賑わっていました。白川郷と五箇山とでは、知名度の差がまだ大きいのかなぁ。
何枚か写真を撮ってきたので、ご紹介いたします。
《 稲穂の若草色が眩しい。》
《 遠くに見える大きな合掌は、「行く年来る年」で有名な明善寺。 》
《 五箇山の囲炉裏は自在鍵、白川郷は五徳。 》
《 喫茶店「落人」のぜんざい。 》
《 ぜんざいは、お代わり自由でした。太っ腹ぁ。 》
《 青空も、百日紅もきれい。 》
オタカラコウってどういう意味 その2
【前回のあらすじ】
「あらすじ」って言うほどの長さではありませんでしたが・・・
こやんぴは、オタカラコウが、「お宝乞う」とか、「柴咲コウ」の親戚筋とか思っておりました。
メタカラコウを知るに及び、「そうじゃあないかも」と思うようになりましたとさ。めでたし、めでたし・・・
《 メタカラコウのストック写真が見つからないので、オタカラコウで失礼いたします。 》
「あぁ、これこれ、こやんぴ! あらすじで終わるなんぞ前代未聞。こやんぴ流にもほどがあるぞよ。」
お奉行様ぁ、お許しくだせぇまし。これからは真人間にたち帰り、しっかり「その2」を始めさせていただきますんで。
「良い心がけじゃ。早速始めよ。」
【その2を始めます】
「タカラコウ」とは何か?
「ルイヨウ」が「類葉」だと分かって、その植物の名前の由来が判明したことでもあり、漢字を知ることが肝心でしょうね。
早速、チェック。
「タカラコウ」は、「宝香」でした。
ネットでは、
「『宝香』の香りがするので、タカラコウ」
との説明が多数。
けれど、この説明だけでは、香るのが花なのか、茎なのか、葉なのか分かりません。タカラコウだけに、「だからこう」といった具体的な説明がほしいですよね。
そこで、さらなるネット検索。やっと、どこが香るのかが判明しました。根茎が「宝香」の香りにそっくりなのだそうです。
ああ、そうだったんだ。「宝香」にそっくりなんだ。分かった、分かった。
いえいえ、こやんぴは「宝香」を知りません。テレビで宣伝している毎*香なら知っているのですが、お線香の商品名の訳はなし・・・
で、宝香の正体は?
またまた、ネット検索。
「宝香」とは、お香の一種だそうです。ところが、「宝香」で検索を試みても、お相撲さんとか、オタカラコウとか、メタカラコウとか、中華料理屋さんしかヒットしません。お相撲さんが出てきたのにはびっくり。宝香鵬(ほうかほう)という春日部市出身の力士さんらしい。地元埼玉なので気になりますが、今は我慢、我慢。
もう一度、オタカラコウについて解説しているサイトを捜索。
やりました! 「宝香」とは「龍脳香」のこと、と、とあるサイトにありました。
「龍脳香」で検索したところ、「龍脳樹」という超大木の樹脂から採れるお香とのこと。ボルネオなどに自生する雲をつくような巨木なのですが、乱獲されて激減。今や、龍脳樹から龍脳香を採取するのは困難な状況に・・・
どうする、龍脳香?
そこはよくしたもので、今は、成分の似た樟脳から合成することが多い、とありました。樟脳よりも良い香りとも。
お香をたしなむ人でなければ、オタカラコウの根茎が龍脳香に似ていることなど分かりません。植物に名を付けるためには深い教養が必要なのですね。
オタカラコウってどういう意味? その1
通信環境が劣悪なため、本日は短めに・・・
(いつも長めみたいな書き方ですね。)
蓼科の人造湖の一つ、蓼科湖脇の水路には、冷たく、かつ澄んだ水が勢いよく流れています。
川底に根を張ったバイカモが流れに身を委ねてゆらゆら揺れる様は、見ていて飽きることがありません。
この流れに寄り添うように、フキに似た大きな植物が夏の真っ盛りに花を咲かせます。太い花茎に、葉と同様、フキに似た黄色い花がびっしり。
オタカラコウです。
メタカラコウという近似の植物を知るまでは、「お宝乞う」かと思っていました。
「立派な体をしていながら、さらに『お宝』が欲しいだなんて、なんと欲張りな。」
「お」と「め」があるということは、「雄」と「雌」であることは明らか。「お宝」であるわけがありません。
では、「タカラコウ」って何なのでしょうか?
調べてみて、「へ~、そうなんだ。」
かなり驚きました。
(通信環境劣悪のため、明日に続く)